エリック・ヴァニエが紹介するモン・サン=ミッシェル

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エリック・ヴァニエの モン・サン=ミッシェル プロジェクトの見解

1300年に渡るモン・サン=ミッシェルの宝石箱を著しく蝕んでしまった人類と環境の営みを後にして、この土地は本来の壮麗な姿を取り戻さなければいけません。

2015年にはモン・サン=ミッシェルの風景を根底的に復元し巡礼行の精神の中での見学を蘇らせる21世紀最大の経済プロジェクトが完成します。

モン・サン=ミッシェルの巨大プロジェクトの起源

「モン・サン=ミッシェル海洋環境復元プロジェクト」はこの土地を潮で囲まれた徒歩でのみのアクセスが可能な1000年の歴史の宝石箱の中に戻すというエリック・ヴァニエの意向により誕生しました。

世界の他の入り江同様、モン・サン=ミッシェルも周辺の自然による砂の吹き寄せの被害を受けていました。人間により加速されたこの現象は最終的に本土とつながってしまうという取り返しの付かない深刻な環境問題へモン・サン=ミッシェルを導きました。

フランスの歴史に深く名を刻んだモン・サン=ミッシェルの島と海の環境は消滅の危機に脅かされました。もし何も対応しなければ、この土地は魂と独自の雰囲気の一部を最終的に失うことになるのです。

モン・サン=ミッシェル海洋環境復元プロジェクト」はこの人類の宝の環境、文化、遺産保護を保証するものです。このプロジェクトは観光地としての魅力を維持し、モン・サン=ミッシェルを世界で8番目の素晴らしい名所として決定づける総合的生態系の保護を可能にします。

海洋環境復元の行程

1995年エリック・ヴァニエ は国、バス=ノルマンディー地方、マンシュ県、モン・サン=ミッシェル自治体と「モン・サン=ミッシェル海洋形環境復元プロジェクト」の協定にサインを交わしました。

同年モン・サン=ミッシェル周辺の復元調査が開始されました。

2000年、このプロジェクトの責任を担うモン・サン=ミッシェル湾労使混合組合へ統括調査書が報告されました。

2005年、クエスノン川(le Couesnon)に障壁を建設するとともに工事は始まりました。

障壁、川、潮での相伴う計画のおかげで堆積物は流れだし、モン・サン=ミッシェルの周囲に蓄積されることはなくなったのです。こうして障壁の建設が開始された2009年にすでに砂州撤去の第一回目の結果は明確なものでした。

一年後の2010年訪問客車両用のパーキング、モン・サン=ミッシェル近くまでの移動用公共手段、徒歩でアクセスを可能にする歩道橋の工事が始まりました。

2012年より、パーキング使用が可能になりシャトルバスが始動しました。

2014年「モン・サン=ミッシェル海洋環境復元プロジェクト」はもっとも美しい段階の一つである歩道橋の一般公開にたどり着きました。全長760m、幅11メートルのこの歩道は優雅なカーブを描き、オーク材の散歩道からモン・サン=ミッシェル入ることを可能にしています。

2015年の防波堤道路の撤去作業でこのモン・サン=ミッシェル巨大プロジェクトが終幕を迎えモン・サン=ミッシェルは最終的に本来の海と島の環境を取り戻すことになります。

巨大プロジェクトとモン・サン=ミッシェルへの訪問

モン・サン=ミッシェル海洋環境復元プロジェクト」の利点と質のおかげでモン・サン=ミッシェルは世界の偉大な名所としていつまでも居続けることができるのです。この巨大な自然環境プロジェクトは観光事業に明るい未来を与え、モン・サン=ミッシェルとその地方の経済発展に貢献するに違いありません。

2015年春のフランス共和国大統領による落成式は国内そして世界規模でのモン・サン=ミッシェルのプロモーションのはじめの一歩になります。

モン・サン=ミッシェルは再び一つの島となり、周囲の潮は溢れだしてかつての巡礼者達が感動した驚嘆のスペクタクルを現代の訪問者にお見せすることでしょう。

1983年にモン・サン=ミッシェルの市長に当選し、フランスの最年少市長となったエリック・ヴァニエはこう述べています。初めて会ったフランス共和国大統領フランソワ・ミッテランの横で彼はこう明言したのです。「人類の為に自然を犠牲にしない、そして自然の為に人類を犠牲にしないモン・サン=ミッシェルの為の巨大プロジェクトを夢見ているのです。自然と共に生きる人類、人類と共に生きる自然の調和。やっと実現しようとしている子供の頃の夢です。